自転車になった私
通学路に保育園があるので自然とその前を通ることになる。
時々園児の送り迎えの時間に保育園前を自転車で通りかかることがある。
このような体験はおそらく誰にでもあることだろう。
そしてこの体験もほとんどの人がしたことがあると思う。
それは、保育園前を自転車で通る時に保護者の人が私の存在に気付き
「自転車が来たよ」
と園児に言うと言うものである。
この時、私は悲しくなってしまう。
日々、善い生き方とは何か、善き人になるためには、などと考えている私が人間としての私としては受け入れてもらえず自転車と呼ばれるのだ。これには憤りが隠せない。
どうすれば人として認めてもらえるのか。そんなことを考えて毎日学校に通っているがなかなか人として認識されるには時間がかかりそうである。